「コーヒー」と生きる〜そして、一杯の向こう側〜第8話
預かっている、という感覚

洋菓子店を30年営んでいる友人から、こんな話を聞いたことがあります。
「素材は、生産者からの預かりものなんだよ」
言葉としては、分かる。でも、その真意というものは、なかなか掴めませんでした。
それが自分の言葉になったのは、ずいぶんと時間が経ってからのことです。
当時の僕は、商社にFAXを送れば、生豆が届く。それが当たり前の世界にいました。交通事情で、たまに遅れると、文句を言う。
品質についても、
「今回はこうだ」「前回の方が良かった」
そんな勝手なことばかり。
随分と、偉くなったつもりでいました。
そんな自分の心を、粉々にしてくれた出来事がありました。
2006年、ニカラグアを訪れたときのことです。
農園を訪ね、ご自宅にお邪魔し、トルティーヤをご馳走になりました。
精一杯の、おもてなし。
日本の子どもたちと比べれば、貧富の差は大きい。
けれど、
お父さんとお母さんが大好きで、子どもたちの瞳は、きらきらしていました。
自分の偉さ加減が、嫌になるほどでした。
スペシャルティコーヒーを生産するということが、どれだけ大変なことなのかを、そこで初めて、知りました。
何の疑いもなく、僕を受け入れてくれる。
それが、ただただ、恥ずかしかった。
焙煎人が偉いわけじゃない。誰が凄いかといえば、間違いなく、生産者です。
消費国では、なかなかそう思えない場面も多い。日本の農業を見ていても、同じことを感じます。
ただ、コーヒーは農産物の中でも、生産地にとって、少し違う立ち位置にある。
そんな宝物を、自分はいい気になって、焙煎していた。恥ずかしいったら、ありません。
その日から、海の向こうにいる、たくさんの人たちのことを心に置いて、仕事に向き合うようになりました。
そうして、ようやく。
「素材は、生産者からの預かりもの」その言葉が、少しずつ、自分の中に落ちてきた気がしています。
(文と写真:横井 力)
☆ 次回は3/7(土)の投稿です。

