「コーヒー」と生きる〜そして、一杯の向こう側〜第23話
心を開くということ

「力を入れると、逆に伸びない」
ストレッチをしているとき、伸ばそうとすればするほど、身体は硬くなる。
神経が「危険だ」と感じて、守ろうとするからです。
でも、呼吸を整えて、ゆっくり伸ばしていくと、ふっと緩む瞬間がある。
あのとき、身体は安心して、はじめて開いていく。
これ、昔の自分そのものでした。
パセオでお店をやっていた頃、とにかく「伝えよう」としていました。
このコーヒーはこうで、ここが違って、これだけ手間がかかっていて——
ちゃんと説明すれば伝わる。そう思っていたんです。
でも、結果は逆でした。
説明すればするほど、お客様の反応は鈍くなる。
良かれと思って話しているのに、どこか距離ができていく。
そしてあるとき、大きなクレームをいただきました。そのとき、初めて気づいたんです。
自分は「伝えている」のではなく、「押し込んでいた」んだと。
そこから、やり方を変えました。
説明を減らしたわけではなくて、先に「空気」を整えるようにした。
無理に売らない。無理に語らない。
ただ、目の前の人に向き合う。
すると、不思議なことが起きました。
こちらから何も言わなくても、お客様の方から聞いてくれる。
「これ、どんなコーヒーですか?」と。
失敗を話すようになってから、会話の空気が変わった気がします。
うまくいった話よりも、うまくいかなかった話の方が、相手の表情がやわらぐ。
きっと、無意識に構えていたものが、ふっと緩むんだと思います。
隙のない人だと思われると、人はどこかで距離を取る。
何を話していいのか分からなくなるし、自分のことも出しにくくなる。
でも、少しだけ不完全さが見えたとき、空気が変わる。
この人も同じなんだと、安心するのかもしれません。
人の心も、身体と同じで、力が入ると閉じてしまう。
だからこそ、先にこちらが力を抜く。
心を開くというのは、開かせることではなくて、開ける空気をつくることなのかもしれません。
言葉よりも先に届くものがある。
それが整ったとき、人は自然と動き出す。
だから今日も、無理に動かさない。
まずは、自分の力を抜くことから。
そこから、すべてが始まる気がしています。
(文:横井 力)

