「コーヒー」と生きる〜そして、一杯の向こう側〜第15話
空気で人は動く

悶々とした日々の中で、コロナ禍がやってきました。
営業自粛。
売上は止まる。それでも人件費だけは、確実に出ていく。
まるで、先の見えないトンネルにそのまま押し込まれたような感覚でした。
正直に言えば、「なぜ今なんだ」と思いました。
けれど今ならわかります。
コロナは“原因”ではありませんでした。
もともと自分たちの中にあった歪み。見て見ぬふりをしてきた違和感。
それを、逃げ場のない光ではっきりと照らした出来事だったのだと思います。
立ち止まらざるを得なくなり、私は問い直しました。
飲食とは何か。
コーヒーを提供するとは、何を届けていたのか。
テイクアウトのコーヒーは、同じ豆、同じ焙煎。
それなのに、どこか味気ない。
そのとき、お客様からこんな言葉をいただきました。
「座って、ゆっくり飲めることがこんなにありがたいなんて思いませんでした」
その一言が、胸の奥に静かに残りました。
飲食とは何か。
サービスとは何か。
人が“そこにいる”ということの意味。
コロナ禍は、それを否応なく考えさせる時間でした。
そしてもう一つ、はっきり見えてしまったことがありました。
今だから言えます。もしコロナがなかったとしても、倒産はもっと早い時期に訪れていたと思います。
原因はコロナではありません。
すでに崩れ始めていたものがあった。それが、たまたま表に出ただけでした。
出店当初の私は、「自分は正しい」と思っていました。
うまくいかない理由を、外に探していました。
立地が悪いのか。価格が高いのか。時代に合っていないのか。
けれどある日、駅に着いて、お店に向かう足が重くなっている自分に気づきました。
「自分の店なのに、入りたくない」
その瞬間、敵は外にはいないとわかりました。
敵は、自分の心の中にあった。
私は怒鳴るタイプではありません。けれど、素直に謝れる人間でもありませんでした。
そんな私がある日、スタッフの働く姿を見て自然に「ありがとう」と口にしていました。
上手くやったかどうかではない。結果が出たかどうかでもない。
お店のことを考え、お客様のことを考え、自分たちの頭で考えて動いてくれている。
その姿が、ただ眩しかった。それだけでした。
でも――
それだけで、空気が変わりました。
駅に着くと、お店に向かう足が、自然と速くなる。
売上が急に伸びたわけではありません。戦略を変えたわけでもありません。
ただ、空気が変わった。
そのとき、はじめて知りました。
空気は、言葉より先に人を動かす。
そして空気は、トップの心の状態から生まれる。
環境を変える前に、まず変わるべきは自分だった。
あの日、光の奥へ歩いていく人を見ながら、私はようやく、それを引き受けたのだと思います。
(文と写真:横井 力)
☆ 次回は3/28(土)の投稿です。

