「コーヒー」と生きる〜そして、一杯の向こう側〜第29話

コーヒーは自由でいい

 

コーヒーは、自由でいい。

 

淹れ方も、飲み方も、愉しみ方も、「こうでなければいけない」なんて、本当はどこにもない。

 

ハンドドリップじゃなきゃダメとか、このレシピじゃないと正解じゃないとか、そんなふうに思いはじめると、いつの間にか、コーヒーが少し窮屈になる。

 

でも、誰かが「どうぞ」と淹れてくれた一杯。そのコーヒーは、たいてい、おいしい。

 

数字やレシピは、たしかに大切です。再現性も、品質を保つ上では欠かせない。
でも、それだけでは届かないものがある。

 

その人の手つきや、空気や、さりげない気遣い。
そういうものが重なったとき、コーヒーはただの飲み物を超えていく。

 

正しさを求めすぎなくてもいい。
上手じゃなくてもいい。

 

少し雑でも、ちょっと濃くても、薄くても、その人らしさがあれば、それでいい。
コーヒーは、本来もっと自由なものだから。

 

型に当てはめるより、その人の中にある感覚を信じていい。
きっとその方が、ずっとおいしい時間になる。

 

(文と写真:横井 力)