日本人の主食は「米」

 

 

       

「祖先は何を食べていたの?」 

私達の「歯の構成から」祖先が何を食べてきたのかがみえてきます。
ホモサピエンス出現の20万年以上前から歯の構成は変わっていないと言われております。野菜や果物を噛むための前歯(門歯)が8本。肉を噛み切るための犬歯が4本。米やいも、豆類などをすり潰すための臼歯が20本。門歯が25%、犬歯が12.5%、臼歯が62.5%。この比率は和食に近いと言われていますこの比率で野菜、肉、穀物をバランスよく食べるのが、人間にとって自然な食事であったと考えられています。

 

近年アメリカでは「パレオダイエット」という肉食を中心としたダイエットが流行っています。
パレオダイエットを最初に提唱したのは、消化器科のWalter L Voegtlin医師です。
パレオとは「旧石器時代」という意味です。つまり「旧石器時代は人類は狩をし、肉を中心としていたので、私達の体は肉が主食の生活に適応しているはず」という考えが基となっていました。しかし、最近の研究でこの定説を覆す大発見がありました。スペイン・バルセロナ・自治大学のハーディー博士が石器時代の祖先の歯の化石に残る「歯石」を発見しました。歯石を調べると「でんぷん」の粒子が多数発見され、肉が主食と考えられていた石器時代にでんぷん質をとっていたことがわかりました。
またイスラエル北部の遺跡では火で焼かれた木のみの化石も見つかっており、火を使いでんぷん質である木の実や地下茎を調理して食べていたと言われています。

石器時代はマンモスなど動物の肉を狩りをして食べていたイメージでしたが、木のみや地下茎などの「でんぷん質」を栄養として食べていたことがわかりました。また、歯の構成比率から20万年以上をもの長い年月「穀物やいも」を主体に食べてきたことがみえてきました。

 

 

「なぜ日本人の主食は「米」になったの?」 

主食とは日常の食事の中心となる食物。
それぞれ国によって主食は異なります。麦やイモ類、トウモロコシを主食とする国もあります。
それぞれの国の主食は、エネルギー源となる栄養素をふくみ、その国の気候や土地の条件下で安定し、多くの収穫を得ることができる作物が、長い年月をかけて定着したものです。
「米」は世界の人口の半分の人たちの主食となっています。9割はアジア諸国でつくられています。

今わかっているお米の始まりは6000年前のインドのアッサム地方の人たちが
稲の栽培を始めたのが最初と言われています。
それから西南アジア、西アジア、アフリカへ広まり、中国に伝わったのが5000年程前の話。
縄文時代の終わり頃、3000年前に中国から海を渡り日本へ伝わってきました。
お米は熱帯気候を好むと言われており、日本では最初に北九州辺りで稲作が始まったと言われております。乾燥させることで長く保存ができ、収穫が少ない時でも保存した米が食べることができます。
ジャポニカ種の稲は北海道から沖縄まで、標高0mから1000mくらいまで日本全土で育つといわれています。日本の気候は稲が良く育ち、多く収穫できる点も米が主食と根付いた一つの理由ですね。

 

 

 

 

「米は栄養バランス満点!!万能な主食!」

栄養学的に米は優れた特性をもっています。渡邊昌氏の研究では玄米、胚芽米、精白米を鍋による炊飯と加圧鍋炊飯を行ない栄養素を調べたところ食物繊維、ミネラルは玄米がもっとも高く、さらに抗酸化力は炊飯後も玄米には半分は残ることが分かりました。玄米1粒に対して8%が「糠」になります。この糠 にビタミン、ミネラルなど玄米の機能的栄養素がほとんど含まれています。
また玄米には”ガンマ・オリザノール”という成分が含まれています。これはコレステロール低下作用、抗ガン作用、抗酸化作用、脳機能改善作用など多くの効果が期待できます。最近の研究ではガンマ・オリザノールを摂取すると脂っこい食事を好まなくなるといった報告もありました。
近年の日本人は男女ともビタミンB1、B6、マグネシウム、食物繊維、女性はさらに鉄が不足傾向です。 しかし玄米にすると不足している栄養素をほとんど補えると言われています。主食を玄米にすることで現代不足傾向がある栄養素をほとんど補うことができ、玄米は栄養バランスが優れていると言われております。玄米の食感などが苦手という方は雑穀米を白米とブレンドしたものがオススメ。雑穀米をブレンドした分、ミネラルや食物繊維など雑穀米の栄養が白米にプラスされます。まずは”おいしい!”と思えるブレンドを見つけることから始めましょう。

しかし今は新米の時期です。
白米の艶やかさ、粘り、甘味などを楽しむことができます。
「白米とこのご飯のお供は最高!」という組み合わせもありますよね?
わたしのおすすめは「白米と塩辛最高!」この組み合わせは外せません。
そもそも玄米を精白して白米を食べるのが一般化したのはいつ頃からだろうと調べると
”江戸時代”からでした。
江戸時代に入り侍は白米を食べるようになりましたが、庶民は雑穀米でした。
江戸勤めの侍が精白米を食べ脚気になるのを「江戸患い」と呼びました。
日露戦争では戦死より脚気による死者が多かったといわれています。
さらに、「第二次世界大戦」の戦後に西洋の食事が入り、近年は多様な食が広がり、食べるものの選択の幅が拡がりました。
一時期は1日のエネルギーの70%を米飯でとっていましたが、近年では約30%となり主食の割に少なくなりつつあります。それだけ「副食」が豊かになっています。

 

 

 

 

私たちは両親、祖父母よりももっと前から、3000年という長い年月をかけて稲作がひろがり、米を食べつづけてきました。それが戦後70年の間で多様な食がひろがり米が主食という文化が失われつつあります。この変化に体が対応できずに病気が増えたとも考えられています。
縄文時代から主食として食べてきた歴史のある「米」を中心とした食事スタイルが「健康な体」をつくる近道なのかもしれません。