vol.1 MOKUが大事にしたいことと「食養」

MOKUが大事にしていることの一つに、「食養」があります。
食養とは食養生のことで、体質や体調に応じて食事を取り、体を整えたり、病気の予防をしたりすることです。
東洋思想・食養研究家の冨田哲秀氏(BL研究所所長)が提唱する「食養学」は、体に”本来の自然”を取り戻すという考え方が基本。
このコーナーでは、「食養学」の考えや実践について紹介するほか、陰陽調和に基づく重ね煮、若杉ばあちゃんが提唱する食養など、「食」について考えるきっかけになる内容を紹介していきたいと思います。

ステキだと思う人たちの話を聴きたくて、出合った一つが「食養」

 

また、なぜこれらの考え方や思いを大事にしたいと考えるようになったのか、「食養」へ行きついたのかをMOKUの代表・奥村大亮のコメントに代えて最後に紹介したいと思います。

「この世はよく “陰陽”で現わされることが多いと思う。男女・天地・月の満ち欠け・食べものの栄養価まで、ありとあらゆるところにまで “陰陽”は浸透し、モノサシとなり、私たちの生活を計り示してくれている。

その”素晴らしきモノサシ”も視点が違えば”善悪”と化してしまうこともしばしば。もし”陰陽”善悪だとすると面白い。女が善で男が悪・昼が善で夜が悪・天が善で地が悪・温が善で寒が悪。そう考えると、やはり悪者になってしまった方がかわいそうな気がしてしまうし、よく考えると笑えてくる。

海外旅行の飛行機の中でアテンダントさんが『 日付変更線を越えます 』と言っていたが、窓の外を見ても、海にも陸にもどこにも線は引かれてなかった。考えてみれば分かる話なのだが、何か “あるような気になってしまう “自分がいるのも確かだったりする。

つまり”陰陽” の存在は大発見だし、人類大躍進な訳だが”レッテル”として用いてしまうと、なぜだか急に『この世を狭く面白くなくしてしまうもの 』になりかねない気もする。

分けて考えることは大切な時もあるが、もともと線などはなく “ひとつ “だったりもする。でもひとつ だと面白くないので、陰陽が生まれたんだな、と思うようになった。しかも、その人その人によって、 “見る角度”が違うので、さらにややこしくも面白くもなったりする。

たとえば、空きカンだってそうだ。ある角度から見ると “丸” 。ある角度から見ると “四角”だ。さらに掘り下げると、ある角度から見ると “円柱”で、ある角度から見ると”涙マーク”だ。もし空きカンが神さまだったら、同じひとつの存在なのに”まったく違う存在”に見えてしまうことになる。

なんだか、この世ってヤツは面白い。この”たくさんの角度 “が知りたくなった。このたくさんの角度 を見て感じることで、世の中ってヤツがオボロげながら見えてくる気になる。

だから、世の中の”ステキだな”って思える人たちの話をたくさん聴いてみたくなった」

 

そして、MOKUは「食養」と出合ったのでした。