「コーヒー」と生きる〜そして、一杯の向こう側〜第30話
評価は、いつもズレている

正しいことを言っているのに、伝わらない。間違っていないのに、前に進まない。
そんな場面に、何度も出会ってきました。
以前の私は、どうすれば“正しく伝わるか”を考えていました。
言い方が悪いのか、説明が足りないのか。
もっと論理的に、もっと丁寧に。
そうやって整えれば、きっと伝わるはずだと。
でも、どうやら違ったんです。あるとき、ふと思いました。
これは理屈の問題ではないのかもしれない、と。
同じ言葉でも、すっと入るときと、まったく入らないときがある。
同じ内容でも、評価される場面と、まったく響かない場面がある。
それは、言葉の問題ではなく、“受け取る側の状態”の問題でした。
種が悪いわけでも、太陽が足りないわけでもない。
ただ、“土が違う”。
乾いた土に水を注いでも、すぐには染み込まない。
準備が整っていない場所では、どれだけ良いものでも、根を張ることができない。
だから最近は、正しさをぶつけることをやめました。
正しいかどうかではなく、“どこに届けるか”を考えるようになりました。
無理に伝えようとしなくても、届く場所には、自然と届く。
逆に、届かない場所に無理に押し込もうとすると、関係そのものが壊れてしまうこともある。
評価がズレているように見えるとき、そこには必ず理由があります。
それは、誰かが間違っているという話ではなく、“土が違う”というだけのこと。
だから、正しさで押さない。
無理に揃えようとしない。
その代わりに、相手の土を見て、芽が出る場所を探す。
それは遠回りのようでいて、いちばん確実な方法でした。
正しさは、大切です。
でも、正しさだけでは、何も動かない。
(文と写真:横井 力)

